家電の ”MindStorm” 化

少し古いネタだが。

Cellの家電搭載を阻む障壁 〜SCEI 久夛良木健氏インタビュー(4)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0614/kaigai281.htm

久夛良木氏】 (SPEは)2個でもいいかもしれない。計画はある。でも、(派生Cellを供給する前に)家電がコンピュータ化しなくちゃいけないと思う。今の家電は、まだそうなっていない。問題はここにある。
 コンピュータ側の人は、家電がコンピュータ化するのは当たり前と思っているかもしれない。Appleジョブズ氏(Steve Jobs氏。CEO, Apple Computer)もMicrosoftのバルマー氏(Steve Ballmer氏。Chief Executive Officer, Microsoft)も、みな当たり前と思っているだろう。でも、家電の人は違う。家電がコンピュータでなきゃいけないと思っている人はほとんどゼロに近い。

(インタビュー解説部)
この話は、Cellに限ったことではなく、コンピュータ業界にいると頻繁に耳にする。コンピュータ側から見れば、プログラマブルで柔軟な処理が可能なコンピュータ型の構造が、デジタルコンテンツの時代には必要だと感じる。ところが、家電側は、そうした動きに警戒心や拒否感が強い。その理由は色々あるが、中でもよく聞くのは、コンピュータ化すると、PCのモデルが家電にも流れ込み、製品の差別化ができなくなるという危惧だ。

「コンピュータ側の人」の端くれとして、「家電がコンピュータ化するのは確かに必然ですね!」と賛成票を投じてあげたいところではある。
が、そもそも「家電のコンピュータ化」って定義もなく、ユースケースもなく、ビジョンも示されていない状態で使える自明の言葉なのか?
「コンピュータ側の人」は「うんうん、雰囲気はわかるよ〜。具体的に? えーと、家電にマイコンチップ積むこと……じゃあないよねえ」だろうし、そんな調子なら当然「家電側の人」にも伝わらない、きっと。
「家電の人にはその良さがわからんのです」「カルチャーが違うからねえ」とか言ってるうちは、いつまでたっても平行線だ。


という愚痴で終わってしまったらこの記事と変わらんので、「家電のコンピュータ化」を簡単に次のように定義し、そこから前向きに考察してみる。

さて、この定義の是非という議論もあろうが、ここではひとまずおいておく。


家電も第1の条件を満たすのが望ましいということは、別に「コンピュータ側の人」でなくても賛成してくれる人は多いと思う。
実際、白物家電はともかくとしても、AV機器のネットワーク対応についてはすでに始まっているし、今後も進んでいくことは間違いないだろう。


ということで、焦点は第2の条件だ。
プログラマブル」になることによって自由度は飛躍的に高まるが、当然ながらリスクも増大する。
このリスクこそが「家電側の拒否感」の正体に他ならない。
記者さんが展開している差別化うんぬんというロジックは、どんな場合にも存在しうるデメリットを「拒否感」が増幅しているだけの話だ。
したがって「家電のコンピュータ化」を推し進める一番の方法は、「家電側の人」にこのリスクを許容してもらうこと、となる。


では特に Cell および PS3 を前提とした場合、リスクを許容してもらうためにどういうシナリオが考えられるだろう。


一つは「 SPE の1つは家電のステータス監視専用に割り当てます」*1というマルチコアな Cell ならではな方向性だ。
家電側は機器ごとにプロファイルを用意するだけで状態監視が行えるようになる。
「コンピュータ側の人」からすると、コアごとに専用の仕事を割り振るなんてのはとてももったいなく感じる。
が、家電はリアルタイムOS系の論理なので、こういう割り切り方のほうがむしろ喜ばれるに違いない。
それに「家電のコンピュータ化」の本質からはずれることもないと思われるので、ぜひ譲歩しておきたいところだ。


さてもう一つのシナリオに進む前に、ここで今一度定義の話に戻りたい。
それは、「プログラマブル」とはそもそも「誰にとってプログラマブル」なのか、ということだ。
家電メーカー? コンテンツプロバイダ? ゲームベンダー? サードパーティ? 大事な登場人物が抜けていないか?


ここでは是非「ユーザにとってプログラマブル」というシナリオを提案したい。
一般ユーザにプログラムなんて難しすぎて意味がない、というのは間違いだ。
プログラムなんて、とても簡単なことなのだから*2


日常生活を送る中で、以下のようなことを考えて行動したり、こんな風に勝手にやってくれたらいいのにと思ったことは、少なからず誰でもあるだろう。そう、これらは全て「プログラム」に他ならない。

  • お湯が沸いたらガスを止めて、その後10分間だけ換気扇を回しとく
  • こっちの部屋は畳なので掃除機のブラシを引っ込めて。あっちの部屋は絨毯の毛が長いのでパワー強めで。
  • もぞもぞと寝苦しそうにしている様子だったら、15分だけエアコンつけて。あと、部屋の天井と床とで温度が3度以上違ったら扇風機もON。
  • 食事中はジャズを邪魔にならない音量で。洗い物をしているときはポップな曲を大きめな音で。
  • ……

日常生活の中にはこういった「プログラム」がいくらでも存在している。


ところでこういった「プログラマブルな家電」を実現するのに、家電それぞれに Cell を積む必要があるかというと、そんなことないということは誰にでもわかる*3
必要なのは、「コンピュータボックス」と、センサーを積み、命令を実行する「家電ユニット」群、そしてそれらをつなぐ有線 or 無線の「ケーブル」だ。
この構成、なにかデジャビュを感じないか……? そう、LEGO MindStorm の構成そっくりそのままだ。


「コンピュータボックス」を担うのは当然 PS3
MindStorm の新版ではかなり大幅な性能向上が図られていることからもわかるとおり、「コンピュータボックス」は性能が高ければ高いほどよい。
PS3 の性能をもてあますどころか、凝ったことをやり始めるとすぐに性能が足りなくなるだろう。
他のアーキテクチャでは「次のバージョンに買い換えてね」となるが、Cell ならば「増設」という選択肢がある。Cell の特徴がここで活きてくる。


PS3 とつながる API を持つ「家電ユニット」は "PLAYSTATION available" ブランドが与えられる。
それは「Cell 搭載」ではなく、あくまで「Cell プラットホーム対応」の印なので、「家電側の人」にとってリスクも低減されて、かつブランド力の向上につながる。
ユーザは、"PLAYSTATION available" なエアコンを買うと、今持っている "PLAYSTATION unavailable" な扇風機も買い換えたくなっちゃう。その方が「ものすごく便利」だからだ。
"PLAYSTATION available" な家電が均質化して差別化ポイントが無くなるか、という問いに全く意味がないこともわかるだろう。
むしろ一定の普及率を超えれば「独自に Cell を搭載している」ことが差別化ポイントになっていくのではないか。


また、そうして Cell プラットホームが充実してくると、ユーザは開発者が全く想像もしなかったものを作り出し始める。
例えば MindStorm でスキャナ乱数発生器を作ってしまう人がいるように……
あまりにも楽しそうでワクワクしてこない?


ということで、これからは「家電のコンピュータ化」と言うのはやめて、「家電の MindStorm 化」と呼ぶのはどうだろう。
その方が「家電側の人」にとっての抵抗感もずっと少ないと思うんですが、いかがでしょう?>久夛良木さん

*1:SPEに向いてない仕事だろうけど、まあイメージということで

*2:もちろん、難しくしようと思ったらいくらでも難しくできる。それが自由度というものだから

*3:Cell のマーケティング的には、是非とも全家電に積んで欲しいんだろうけど